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ベルリーオーズ;レクイエム ミュンシュ/BRSO他 [ベルリオーズ]

ベルリオーズのレクイエムである。

Berlioz - Requiem; Harold in Italy

 

 

 

 

 

Berlioz - Requiem; Harold in Italy

  • アーティスト: Hector Berlioz,Charles Munch,Igor Markevitch,Bavarian Radio Symphony Orchestra,Berlin Philharmonic Orchestra,Peter Schreier,Heinz Kirchner,Bavarian Radio Chorus

ベルリオーズ;レクイエム Op.5
シャルル・ミュンシュ/バイエルン放送交響楽団・合唱団
P・シュライアー(T)
独DG 439 705-2 

大曲だけあってあまり録音の数は多いとはいえないかもしれないが古くはシェルヘンやミュンシュの旧盤から新しくはインバルなど名盤として親しまれているものも多い。私が最も気に入っているのはこのミュンシュがバイエルン放送交響楽団他を振った新盤(と言っても録音は1967年だが)。

第1曲の入祭唱、これが演奏に対する印象を決定づける。殆どの演奏がテンポが不安定だったり管弦楽と合唱のバランスがいまいちだったり合唱そのものが粗かったりする中、この演奏は荘重そのもの、これらの不安要素は全くない。

録音の影響もあるのだろうが、全体を通してこの曲の影の部分が前面に出された演奏で、この作曲家特有のラディカルさというか破天荒な要素は寧ろ控えめ(それでも怒りの日の金管群は充分に力強い)になっており、この点がミュンシュ自身のボストン響との旧録と比べても全く異なる演奏となっている。その意味で、逆にこの演奏が物足りないと思う聴き手が多いとしても不思議ではないだろう。

オッフェルトリウムのテンポが速いのが難点だが、その他は(私にとって)ほぼ理想の演奏。特に第1曲<入祭唱>キリエのクライマックスには他のどの演奏よりも震撼させられる。

録音が古くこもり気味なのが惜しいが、最近OBIP化され、再発売(477 756)されている。こちらは未聴だが、折角のリマスターであり、期待したい。


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ペルト;テ・デウム/マニフィカト/ベルリン・ミサ カリュステ指揮 [ペルト]

アルヴォ・ペルト(1935~)を。ティンティナブリ(鈴鳴り)様式と言われる独特の手法で知られる作曲家である。 

最近、同傾向の作曲家も散見されるとはいえ、現代作曲家としては例外的に祈り・精神的・エモーショナルな共感を呼ぶ作品を書いていて、私の中でも好きな作曲家の一人となっている。

好きな作曲家だけに紹介すべき作品は数多いが、今回は年明けということもあり、最も万人受けしそうなものを。

ペルト;テ・デウム/ベルリン・ミサ.jpg

ペルト;テ・デウム/マニフィカト/ベルリン・ミサ
トヌ・カリュステ指揮 エストニア室内管弦楽団・合唱団
独ECM 439 162-2

テ・デウムとベルリン・ミサという、彼としては比較的大規模な方の作品をメインとした作品集。

もし何の知識もなしにこれらの作品を聴いた場合、これらの作品が現代作曲家によるものと思う人は殆どいないのではないだろうか。
響きはバッハのカンタータのように清澄で、寧ろバロック時代の作品と思われても不思議ではないくらいに聴きやすい。
曲そのものからも宗教的な雰囲気というか、敬虔な祈りが感じられる。

誰一人としてこれらの作品に対して抵抗を覚えることはないのではなかろうか。

演奏はカリュステ指揮のエストニアの団体によるものでバランスといい、テンポといい申し分ない。
レーベルはECMで、このレーベル独特の冷たく透き通ったような冴えた録音も、特にテ・デウムにおいては立体的な音場感までもリアルに再現して万全。

これらの曲の決定盤といって差し支えの無い完成度を備えた名盤である。


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ブルックナー;交響曲第8番 ヴァント/BPO(1996L) [ブルックナー]

ブルックナーの交響曲。まずはブルックナーで作品を問わず何か一枚となれば絶対にこれという一枚を。

ブル8ヴァントBPO1996ME1043.jpg


ブルックナー;交響曲第8番ハ短調(ハース版)
ギュンター・ヴァント指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(1996年;ベルリン芸術週間ライヴ) 

というわけで、交響曲第8番である。 

ヴァントとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(以下BPO)による同曲の演奏には2000年のライヴ録音があり、BMGより正規盤として内外でリリースされ高い評価を得ているが、これは1996年に行なわれた別の演奏で、当時FMにて放送され伝説化していたもの。

演奏は非の打ち所がない。陳腐な表現ながら最高の演奏である。とにかく凄い。
なんと言ってもBPOの力量が素晴らしく、このオーケストラが超一流であることをいやがうえにも実感させられる。
BPOならではの緊張感と巨大なスケールを伴った第Ⅰ楽章ではこの作品の深淵にまで聴き手を引きずり込まんとする凄みで圧倒し、第Ⅱ楽章も金管のバランスやティンパニに対するヴァント独特の解釈が決まり、音響的快感に浸らせる。一転して濃密に一瞬の弛緩もなく歌われる第Ⅲ楽章を経て、第Ⅳ楽章では各楽器の恐るべき力感を伴った芯のある音が最後まで鳴り切る様が圧巻で、何度聴いても感心・感激・感動させられる。
これと比べると上に紹介した2000年ライヴは残念ながら著しく劣る(これさえなければ名演に浮上するのだが)。

私にとってはあらゆる演奏家によるブルックナー全作品の全ディスク中(と言っても全部聴いているわけではないけれど-少なくともこれまでに私が耳にした中で)、最高の記録であると評価しているディスクなのだが・・・

実はこれ、正規盤ではない。Sardana、及びMemoriesから出ている(た)、所謂海賊盤もしくはそれに準ずる製品で、入手困難なのが残念。
海賊盤ながら録音はよい。寧ろメジャーレーベルの不要なトーンキャラクターが加味されていない分かえって生々しく、このオーケストラがドイツの楽団であることを改めて思い出させるよささえ感じる好ましいもの。

これが正規に録音され販売されていれば、同曲の録音史は全く違ったものとなっているだろう。
幻の名演たる所以である。


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バッハ;パッサカリア 他 リヒター(Org) [バッハ(J・S)]

organ_richter.jpg

J・S・バッハ;オルガン作品集(パッサカリア ハ短調 BWV582 他)
カール・リヒター(Org)

独アルヒーフ 

J・S・バッハである。1,000曲を超える彼の作品の全てを好きなわけではないし、多作家にありがちな作品ごとの類似点、というかワンパターンなところもあったりするのだが、古今東西、数多くの作曲家による数多の作品あれど、そこから最も精神的なものを感じるのがバッハの作品であるのもまた事実。

中でも今回紹介するパッサカリアは演奏次第では最も精神的かつ神々しい光を放つもので、バッハの作品中、どれか一つだけと言われれば躊躇なく私はこれを選ぶ。

だが演奏は選びたい。今回のリヒターによる1978年に録音されたこの演奏は、この作品から私が感じている上記要素を最も完璧に表出したもので、リヒター自身による異演を含めても最高の演奏と言える。

この盤には他に、一般受けはしないかもしれないがトッカータとフーガ ニ短調BWV538<ドリア調>とコラールパルティータ<ようこそ、慈悲深きイエスよ>BWV768という、やはり魅力的な作品が併録されており、渋く深く、時には壮大かつ劇的に、これ以上は考えられないほどの演奏がなされており、これらの曲の演奏を選択するに当たって、もはや他盤の入り込む余地はない。

尚、この盤は3曲でトータル約50分とやや収録時間がやや短いが、このCDに関して言うならば持続する緊張と集中を伴った超名演だけに聴き通す方も疲れるというもの。また同レーベルへの、当盤の演奏を含んだリヒターによるバッハのオルガン作品集が纏まったセットとして出ており、価格面も含めて入手し易くなっているが、無理をして他曲を詰め込んで全体の統一感を損ねるくらいならこのままの方がよい。

選曲・演奏・そして録音と揃った超名盤である。


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ショスタコーヴィチ;交響曲第13番<バビ・ヤール> ハイティンク/COA [ショスタコーヴィチ]

バビヤールハイティンク.jpg

ショスタコーヴィチ;交響曲第13番変ロ短調Op.113

B・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団・同合唱団

M・リンツラー(Br)

 

バビ・ヤールに記念碑は無い。切り立つ崖が粗末な墓標だ。

私は恐ろしい。私は今日、年を重ねる。あのユダヤの民と同じ数だけ。

今私は思う、私はユダヤ人だと。

私は今古代エジプトをさまよっている。

ここで私は十字架に架けられて死に、そして今も残る釘の傷痕。

私は思う、ドレフュス、それは自分だと。

俗物根性が私の密告者、そして裁判官。私は鉄格子の中、私は罠に落ちた。痛めつけられ… 唾を吐かれ… 罵られ… ブリュッセル風のフリルをつけた婦人たちがわめきながら、私の顔を傘でつつく。

私は思う、私はベロストークの子供だと。

血が流れ出し、床に広がる。酒場の主どもが狼藉の限りを尽くす。長靴に蹴飛ばされ、力なく私は集団虐殺者たちに空しく懇願する。「ユダ公を殺せ、ロシアを救え!」高笑いが響く中、粉屋が私の母をぶちのめす。

おお、我がロシアの民よ、私は知っている、お前は元々国際主義者なのだと。だが、しばしば汚い手をした奴等がその汚れの無い名前をかたったのだ。私は我が土地の善良さを知っている。何たる卑劣だろうか、臆面もなく反ユダヤ主義者たちは、厚かましくもこう名乗ったのだ、「ロシア民族同盟」などと。

私は思う、私はアンネ・フランクだと。

四月の小枝のように透き通るアンネ。私も恋をしている。私にきざな台詞は要らない。必要なのは、互いに見つめあうこと。何とわずかしか見たり嗅いだりできないのだろう。私たちは小枝に触れることも、空を見ることも許されない。でも、とてもたくさんできることがある。それはやさしくくらい部屋で抱き合うこと。こっちにくるの?  心配ないよ、あれは春のどよめきさ。春がやってくるのさ。そばにおいで。早く私に唇をおくれ。  戸を壊しているの?  いや、あれは春の流水さ。

バビ・ヤールに荒れた草木がざわめく。木々は厳めしく見下ろす、裁判官のように。すべてがここでは無言の叫びをあげ、帽子をとった私は感じる、ゆっくりと白髪になっていくのを。そして私自身はやむことのない無言の叫びとして埋葬された何百人もの人々の上に響く。私はここで銃殺された老人たちのひとりひとり。私はここで銃殺された子供たちのひとりひとり。私の中のなにものも決してこれを忘れない。

<インターナショナル>を轟かせろ、地上最後の反ユダヤ主義者が永遠に葬られるときに。

私の血にはユダヤの血はないが、私は激しい敵意を込めて憎まれる、全ての反ユダヤ主義者どもにユダヤ人のごとく。

だからこそ 私は真のロシア人なのだ! 

第Ⅰ楽章<バビ・ヤール>歌詞(エフトゥシェンコ詩;以下同じ)である。

凄い・・・

今回の標題についてはこの曲が作曲された(時代)背景等(一時は歌詞改訂までさせられた)を調べていただければわかると思うので割愛する(するなといわれそうですね)。

この歌詞に真に共感(理解でもいい)出来ない人がいるとしたら(いるだろうけど)、その人とは心を許した付き合いをすることは無いだろう。

わかるはずだ。現代を生きる人間ならば。

本Blog中、今回は最もインパクトの強いものの一つとなるであろう。

Ⅱ楽章以下の歌詞はこちら


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シュニトケ;レクイエム/グレツキ;ミゼレーレ カリュステ指揮 [グレツキ]

Schnittke: Requiem; Górecki: Miserere Schnittke: Requiem; Górecki: Miserere

アーティスト: Anders Kotz,Henryk Gorecki,Alfred Schnittke,Tonu Kaljuste,Magnus Bengtson,Swedish Radio Choir,Stefan Therstam,Bo Soderberg,Frederik Björlin,Johnny Ronnlund,Rolf Thunander,Eric Skarby,Annika Eliasson-Frick,Helena Olsson,Susanne Carlstrom,Johan Christensson,Jonas Lindeborg,Mikael Oskarsson出版社/メーカー: Caprice

発売日: 1995/12/18
メディア: CD

シュニトケ;レクイエム/グレツキ;ミゼレーレ
トヌ・カリュステ指揮 スウェーデン放送合唱団他 
(瑞典カプリース CAP21515)

シュニトケのレクイエム(1974-75)とグレツキのミゼレーレ(1981)という一見したところ珍しいカップリングである。出身国等は異なる2人の作曲家の異なる作品であるが、聴いてみるとまったく違和感ないどころか、寧ろ自然とさえいいたい相性の良さで収まっている。

シュニトケの作品には所々に現代作曲家ならではの曲想が現れたりもするが、どちらの曲も宗教的雰囲気や敬虔なる祈りの精神はしっかりと宿されていて、レクイエムとミゼレーレという作品に対する聴き手の期待を裏切ることはない。

そしてこのディスクの価値を決定的なものしているのがカリュステ指揮のスウェーデン放送合唱団他による演奏。シュニトケにおいては部分的にややすっきりし過ぎているという意見もあろうが、他と聞き比べても聞き劣りすることはないばかりか、意外なこの両曲のカップリングが作品・演奏(・録音)それぞれの価値を高めているとさえ感じる。

レクイエムの入祭唱における静謐なる拡がり。

ミゼレーレの最終約2分半における静寂と緊張。聴いてみてくれとしか言いようがない。


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カンチェリ;エクシール(亡命) [カンチェリ]

本カテゴリ、先回のブラームスにてちょっとまともな(メジャーなという意味)世界に戻ったかと思いきや、再びディープな世界に浸る。

Kancheli: Exil

Kancheli: Exil

  • アーティスト: Christian Sutter,Rebecca Firth,Giya Kancheli,Wladimir Jurowski,Natalia Pschenitschnikova,Maacha Deubner,Ruth Killius,Catrin Demenga
  • 出版社/メーカー: ECM
  • 発売日: 2000/04/18
  • メディア: CD

カンチェリ作曲;エクシール 
演奏;M・ドイブナー(S)他

グルジアの作曲家、カンチェリの作品である。メジャーな存在とはいえないし、現代音楽及び作品傾向の位置づけとしては以前紹介したヴァスクスに近いかもしれない(国も近いといえば近いし)が、そのような位置づけやグループ分けは無意味かもしれない。

今回紹介する作品は<エクシール(亡命)>。
数点保有しているカンチェリの作品のなかでは最も気に入っている作品、及びCDである。

ソプラノ独唱・フルートをはじめとした小編成のアンサンブルという珍しい編成で、このCDでは約47分の長さである。

この曲(及び演奏)の印象を語るのは難しい。エモーショナリティというか、旋律的な要素や特徴は殆どない。全てを失ったというか、冷血というか、孤独というか、閉ざされた世界というか・・・とにかく甘さや温かさ、不要なもの全てをそぎ落としたような世界がそこには展開されるのである。弱音で始まる冒頭から極度の緊張を伴った冷たい響きは凍てつく刑務所を想起させる。

こういうのを孤高というのであろうか。

これは音楽なのか、という声もあるかもしれない。。。

少なくとも、これは独りで聴くのがいい。


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ブラームス;ドイツ・レクイエム カラヤン/BPO(1976) [ブラームス]

私の場合、頻繁に聴くことはないが、人生の節目節目に於いては常に聴いてきた曲がある。
ここではその曲と、その曲の最も好きな演奏を。
                     
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ブラームス;ドイツ・レクイエムOp.45
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
トモワ-シントウ(S) ヴァン・ダム(Br) ウィーン楽友協会合唱団 他

ブラームスこそ私の最も好きな作曲家。
ドイツ・レクイエムは中期の作品ながら、演奏時間・規模という意味で彼の最大の作品である。
最も気に入っているのはカラヤン/ベルリン・フィル他による1976年に録音されたEMI盤。
(人生の節目節目で必ずこの演奏だけを聴いているわけではない-念のため)

上のジャケットはLP時代のもの(ちなみに現在の輸入盤CDジャケットはセンスの全く感じられないものとなっている)。

これは私が最初に買った同曲の演奏で、中学生時代にLPで購入。当時同LPも既に生産中止となっており入手困難、福岡県久留米市のレコード店で幸運にも在庫を見つけ手に入れることが出来たという思い出のレコードでもある。EAC77179~80というこのレコードの製造番号は、物覚えも悪く物忘れも激しくなった今であっても脳裏から離れない。

その後、カラヤン自身の別録音を含め30種以上の同曲異演に接してきたが、総合的な意味でこれを超えるものには未だに出会っていない。
合唱の表出力は他と比べるとやや劣る気はするものの、なんと言ってもベルリン・フィルの力量が素晴らしい。また、あまり言及されることはないが、ヴァン・ダムのの求心的歌唱(特に第3楽章)は最高であるといいたい。
残念なのは2楽章前半、ややテンポが速いのと、この部分の強奏時における音の混濁。
ちなみにLPにはハイドン変奏曲・悲劇的序曲が併録されており、この2曲の演奏も私のベストチョイスであり続けている。

1990年に初CD化、ドイツ・レクイエムのみで一枚に収まり単独再発された。
音も綺麗に、安っぽくなった。
国内盤でARTによるリマスタリング盤も出ているが、CDについては私は輸入盤派なので購入及び聞き比べはしていない。

尚、この演奏はクワドラフォニック4チャンネルで録音されている筈であり、寧ろ海外盤マルチチャンネルSACDによる再発を楽しみに待ちたいところだ。

この演奏を私はこれから何度聴くのであろうか・・・


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ヴァスクス;ムジカ・ドロローサ/カンタービレ 他 [ヴァスクス]

ヴァスクス作曲;<ムジカ・ドロローサ>他
Tovijs Lifšics/ラトヴィア・フィルハーモニー室内管弦楽団他
(独WERGO WER6220-2)
苦い。とにかく苦い。
バルト(バルト諸国の意)の心情表現とはこういうものかと思わせる苦さである(私見だが)。
ちなみに、指揮者の名前はなんと読めばいいのだろうか・・・
ラトヴィアの作曲家ヴァスクス(1946~)は、恐らく今のところまだマイナーな存在ではないかと思う。今回紹介するのは3曲目に収録されている<ムジカ・ドロローサ>。1983年に書かれており、意味は「悲しみの音楽」。

年代から言っても現代音楽のカテゴリに入るのだろうが、そのカテゴリによくありがちな意味不明な和音やリズムによる難解さは全くなく、寧ろ聴きやすい作品だ。
曲は静寂の中、低弦の蠢きに始まり、間もなく現れる旋律(果たして旋律といえるかどうか)は標題どおり悲しみの音楽という感じだが、何か違う。音色は絶えず冷たく、常に思索的に動く。明るい光が差し込む瞬間は一瞬もない。その後テンポが上がり、緊張を失うことなく、息長く徐々に増殖するかのように音量を増してゆき、下降音形を伴う特徴的な部分などいろいろやりながら身をよじるかの如きフォルテシモへと昇り(敢えてここではこの字を使いたい)詰めてゆき、気を失ってしまったかのように減退してゆく。
再び静寂。沈黙。別世界に入り込んだかのよう。
また低減が蠢く。
そしてそれはやってくる。チェロ(と思う)の独奏とそれに続く高弦の旋律。最初は静かに、やがて次第に音量を増し最後まで歌いきり、息絶える。
苦い。
直前までのフォルテシモの後、最後の最後(と言っても全体の3分の1くらいあるけど)に歌われるこの部分こそが実はこの曲のクライマックスなのではないかとさえ思うが、ラトヴィアの演奏家による、この華やかさを全く伴わない(西洋のオケがやれば華やかになるはず)、抑制と冷たい感触を失わない表現(レーベルのトーンキャラクターもあると思うが)に接するとき、一般的にポピュラーな世界で聴かれている音楽とは異質のものを感じる(これを苦いというふうに私は感じるのだろう-表現として相応しいとは思わないけれども)と共に、ラトヴィアというよりも永らく他国の支配を受けてきたこの地域の歴史にまで思いを馳せることになる。
尚、このディスクには他に<カンタービレ(1979)><メッセージ(1982)><弦楽のための交響曲≪声≫(1991)>が併録されているが、これらの併録曲も劣らず魅力ある作品である。曲・演奏共に録音数の少ないこれらの作品の最も充実した名盤である。

タグ:ヴァスクス
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シベリウス;吟遊詩人 他 [シベリウス]

シベリウス;春の声・吟遊詩人ヤルヴィ.jpg
  • アーティスト: Gothenburg Symphony Orchestra,Jean Sibelius,Neeme Järvi
  • 出版社/メーカー: Bis
  • メディア: CD
シベリウス作曲;交響詩<吟遊詩人 Op.64>他
ネーメ・ヤルヴィ/イェテボリ交響楽団(瑞典BIS CD-384)

もし、好きな作曲家は、と問われれば、シベリウスは間違いなくベスト5に入る。
そのシベリウスの管弦楽曲の中で最も好きな曲を1曲、となればこの交響詩<吟遊詩人>になろうか。
曲は第4交響曲と同時期に書かれた、所謂シベリウス暗黒時代の産物。演奏時間にして8分ほどの長さで、名曲数多の彼の作品にあってはかなり地味でかつ知名度も低いが、交響詩という自由な形式の中で展開される哀感を帯びた幻想の世界は他では求め難い。

CD時代になって録音もそれなりの数があり、選択となると大いに迷うところだが、私が最も気に入っているのは今回紹介するヤルヴィ指揮の旧盤。他の演奏もそれぞれ魅力的で、例えばヤルヴィ自身の再録音(DG)は更に奥深い世界を想わせるものの、この演奏に比してややテンポ(これが重要)が速いのが少し難であることや、ハープと管弦楽のバランスといった録音面を含め、聴いてのわかりやすさといったものが感じられることからこの盤を上位に置く。

尚、この盤には<春の歌>、<叙情的ワルツ>といったどちらかというと珍しい曲が多く併録されており、一般受けはしない(売れない)内容かもしれないが、聴いてみるとなかなかの作品群であり、元々彼の作品中メジャーとは言い難い<吟遊詩人>を聴き求めるにあたってはむしろ自然とさえ言えるかもしれない。

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